ぷち小説

交わした約束 20年後の再会

リーンリーン。リンリンリンリン。9月も半ばになると、夜は鈴虫達の大合唱が始まる。月明かりがぼんやりと山の輪郭を映し出し、ススキや楓が暗くシルエットを作り出した。世界から彩りが消え、白と黒の水墨画の様な景色もまた粋な雰囲気を醸し出していた。「…

交わした約束 20年後の再会

「………」水中で突然始まったドラマに、なすすべなく、ただ立ち尽くした。伝説を目の当たりにし、未知の領域が突如として、現実に浮かび上がってきた。信じられないという気持ちよりも、何か見てはいけないものを見てしまったかの様な恐れにも近い気持ちを抱い…

交わした約束 20年後の再会 

シュッ!池の対岸目掛けてフルキャスト。まずはスプーンを用いて、広く浅くリサーチする。スプーンは古くシンプルな釣り道具だが、その金属の煌めきや泳ぎは想像以上の集魚力があり、ただ巻きで、広い場所を探り続ける様な釣り方にぴったりだ。初めてのポイ…

交わした約束 20年後の再会 

「おーい、鮎夢、釣りに行ってみないか?」「父さん、いいの?行く行く!!」まだ小さいから危ないという理由で、中々渓流に釣れて行ってもらえなかったが、小学2年の夏休みの自由研究、「川の生き物達」をテーマに岩魚峡を初めて探検する事になった。ルアー…

交わした約束 20年後の再会

メインの林道を歩き続け3時間。後ろを振り返ると太陽が山間から、顔を覗き始めた。「日の出だね」「はい。」9月も半ばに差し掛かると、朝は15度まで気温が下がるが、日の出と共に、少しずつ気温も上がる。お天道様に一礼し、今日の安全を祈願した。「ポイン…

交わした約束 20年後の再会

ザッ、ザッ、ザッ。無心で山道を歩く。日の出前の暗い時間帯、山は静かだった。「目的の滝まで、まだかなりの距離があるね。」「はい。」静寂がまだ見た事のないヌシへの期待と、緊張をより強く感じさせた。子供の頃を思い出すと、山は楽しい場所でもあり、…

交わした約束 20年後の再会

想像力とは創造力である。全ての事柄は内発的動機から始まる。生前、父がしつこく言っていた言葉。この岩魚荘も父の代で3代目、築150年を越す古民家は、昔の腕利きの大工さんが建てただけあり、古さを感じさせない頑丈さと、昔の建築物ならではの、味わい深…

交わした約束 20年後の再会

季節の深まりを感じると共に、段々と陽が短くなり、標高の高い岩魚峡は秋の訪れも早い。あれほど騒がしく鳴いていた蝉も幾分静かになり、空にはアキアカネが飛びだす。ススキが揺れ、渓流には特有の緊張感が漂い、産卵期を控える鱒達は独特の色味をまとい始…

交わした約束 20年後の再会

ゆきむらとの出会いもあり、穏やかで充実した夏が過ぎた。忙しく過ごしていると、目の前の事にいっぱいいっぱいになりがちだが、岩魚荘に帰ってきて初めての夏、自然に触れる内に疲弊した心も体もすっかり元気になり、イラつきやすい僕の性格は随分と穏やか…

交わした約束 20年後の再会

わん!わん!「????」わん!わん!「????」「おおーい、岩魚荘のご主人はおるかい?」「はい、なんでしょう?」土間に1人の老人と一匹の白い犬が居た。「わしは、山を降りた所の保健所で手伝いをしとる者なんだけど、飼い主が見つからなくてな。この…

交わした約束 20年後の再会

チリン、チリン。縁側にある風鈴が谷から吹くそよ風に揺れ、遠く見える入道雲は大きく、時折鳴く野鳥の声が、心の透明度をまた一段とクリアにした。岩魚峡…当たり前が当たり前で無い事に気づき、改めて自分の周りの自然はとても貴重である事に気付かされた。…

交わした約束 20年後の再会

ゴソゴソゴソ。「確かここにあったような…あ、あったあった。」父が使っていた書斎に、山積みになった書類。ありとあらゆる事をメモし記録していたのは、一見適当に見えるその姿からは、意外だった。徹底したリサーチと試行錯誤から生み出される余裕が、そう…

交わした約束 20年後の再会

子供の頃は父と一緒に良く山に行った。父は何でも知ってるすごい人。この人について行くと色々な事を教えてくれた。植物の事、山菜の事、渓流魚の事。小さな体の僕にとって、それは山の漢そのもの。僕の憧れだった。思春期を迎え、街の子供達と遊ぶ様になり…

交わした約束 20年後の再会

大岩魚の存在がまた一つ証明された。脳内でカチリと歯車が回り、疑問が確信に変わる。伝説という類の言葉は信じる人と、信じない人 そもそも知らない人の3種類に分かれると思っている。人間関係によく似ており、自分の事が好きな人、嫌いな人、無関心な人の…

交わした約束 20年後の再会

ライナーに飛んでいったルアー。どこまでもどこまでも飛んでいきそうな勢いだったが、自然なサミングで、着水音が相当に抑えられていた。飛び込み選手なら、審査員が全員、最高評価をする様な惚れ惚れする着水だった。キャストから、サミング、そしてリーリ…

交わした約束 20年後の再会

ドドドドーッ!隠れ堤に近づくにつれて、沢の音が大きくなる。「水の音が聴こえます!」「もう少しですよ」木々の間から差す僅かな光に、顔を照らされてはまた影になり、また照らされながら、意気揚々と2人歩を進めた。静寂と水音。山奥特有の緊張感は、大岩…

交わした約束 20年後の再会

「よっ!」パコン!「それっ!」パコン!「いやー、ちょっと休もうかな。」炊き出しに使う薪を朝から、小1時間割った。カラカラカラカラ。「おはようございます」「おお、起きられましたか。」「いい朝ですね!うわぁーっ!!」岩魚荘の朝は、眼下に雲海が広…

交わした約束 20年後の再会

そんなこんなで、週末を迎えた。初めて1人で迎えるお客さん。準備は万全だが、やや緊張した。「こんにちは!」岩魚荘の玄関に元気な声が響いた。「お待ちしておりました。」父さんのいつものユニフォーム、甚兵衛に手拭いを頭に巻く陶芸家スタイルで、お迎え…

交わした約束 20年後の再会

夕陽が沈み、夜の帳が下りる岩魚峡。釣り上げた岩魚を持ち帰り、岩魚荘の裏手にある池に放した。川魚を新鮮な状態で出したいという父さんの思いから、子供の頃、一緒に穴を掘って作った人工の池。湧水を引っ張り、真夏でもキンキンに冷えた水がこんこんと流…

交わした約束 20年後の再会

ゆらゆらゆら。スプーンがゆっくりと沈んでいく。岩魚峡の山奥で1人川面を眺める。長い都会生活で疲れた心身に、生まれ育った当たり前の風景がとても新鮮に感じられた。「俺は、何を求めて生きてきたんだろうな。本当は何がしたかったのだろう。」人の居ない…

交わした約束 20年後の再会

大きく息を吸い呼吸を整えた。さぁやるか。少し埃の被ったルアーボックスを開けると、色とりどりのルアーが入っていた。小魚のような形のものから、くるくる回転するもの、キラキラする金属片に、餌釣り用と思われるウキとオモリまで。一体何がなんだか、良…

交わした約束 20年後の再会

「父さんのやつ、こんなに山奥まで来てたのか。歳も歳だったろうに」経営ノートの、手書きの川の地図には、沢の地形と、危険な場所、隠れ堤がある事が記されていた。「隠れ堤??子供の頃、何度か一緒に来た記憶はあるが、そんな場所知らないなぁ」地図を見…

交わした約束 20年後の再会

「はい。岩魚荘です。お客様、1名ですね。かしこまりました。今週末、お待ちしています」 両親が居なくなり、民宿を継ぐ事になったは良いものの、何をどうして良いかさっぱりわからない。生前、父が残した経営ノートが、タンスから出てきた為、それを見なが…

交わした約束 20年後の再会

ある秋の出来事だった。ジリジリジリジリ! 「はい、おお、鮎夢か!どうした?」「どうしたって父さん、母さんが死んだっていうのに、呑気だな、母さんの葬式やるんだろ!俺も仕事早く切り上げて、実家に向かうから。父さんも若くないんだから、あんまり一人…

堰堤直下の極太虹鱒

暑い。茹だる様な夏の暑さから逃げる様に川に向かった。スプーンで深みを釣ってみたい。その一心から本流の大堰堤に向かった。山の向こうにはモクモクと入道雲がソフトクリームがマシーンから出てくる様に発達しており、一雨くる前にと思い、ソフトクリーム…

あの淵にいた大山女魚 

トラウトルアーフィッシングを始めて、1年目の春の出来事だった。初めて揃えた釣り道具。農作業のお手伝いアルバイトをして貯めた資金で、ルアーロッド、リール、ベスト、ウェーダーを手に入れた僕。ちょうどその年、原付免許も取得して移動範囲が格段に広く…

逆境に生きた青春 大海原への航海

色々なことに、けじめをつけて生きてきた。来る日も来る日も、なんでだろう?と思わない日は無かった。嵐の海、大時化の海を航海してきた。その日々が今、少しずつ終わろうとしている。もちろん、100%痛みが消えた訳ではなく、何かの拍子に傷が疼く時がある…

小さな沢の大きな鱒

よーし。岩魚を釣るぞ!中学1年の春の事。子供の体力で向かうには、かなり遠い沢に、行ってみる事にした。GW、雪代がゴーゴーと出る本流を横目に、目的地に向かう。これを乗り越えた先に素敵な出逢いが待ってる!!そう呟きながら僕は、籠に載せたミミズが入…

逆境に生きた青春 大海原への航海

来る日も来る日も絵を描く生活が始まって、半年ほど経った時だろうか。ふとインスタグラムのアカウントを航海に関するものと、絵のものを分けようと決め、絵のアカウントを正式に作った。1週間ほど、過去の作品をひたすら写真を撮ってはアップを繰り返してい…

逆境に生きた青春 大海原への航海

「マスター!面白いコーヒー出来た??」「君に感化されて、僕も色々試す様になったよぉ」時間があれば、マルタカフェのカウンターで、絵を描いていた僕。目の前で色々と作品が出来ていくのを見て、どうやらマスターもコーヒー作りに一層気合が入ったようだ…