交わした約束 20年後の再会

ゆきむらとの出会いもあり、穏やかで充実した夏が過ぎた。忙しく過ごしていると、目の前の事にいっぱいいっぱいになりがちだが、岩魚荘に帰ってきて初めての夏、自然に触れる内に疲弊した心も体もすっかり元気になり、イラつきやすい僕の性格は随分と穏やかになった。雲海を見ながら目覚め、昼は空を眺め、夕方はひぐらしの合唱を聴きながら、炊事をする。満員電車に揺られ、毎日余裕の無い生活をしていると、足元に咲く一輪の花にも気がつかない。でもここの暮らしは違う。人、自然、動物、物こそ溢れていないが、その一つ一つが美しく感じられ、現代人が忘れた自然と調和がとれた生活がある。心の豊かさは自然が育む。その自然を蔑ろにする事は、自らの心を蔑ろにする事に等しい。父が教えたかった思いがまた一つ分かった気がした。

「早苗さん、ルアーの制作は順調かな??」「はい。岩魚峡水系は、大岩が連続し要所要所にかなり深さのある淵が連続する言わば山岳渓流です。小さなサイズでストンと潜るタイプのルアーが使いやすいかなと思います。また鱒は大きくなればなるほど、その警戒心もずば抜けていて、カラーはダークなものが良いかなと思います。」

「なるほどね。流石の分析だね。」

「はい、鱒は水系毎に多少の癖があって、反応の良いカラーが違ったりするんです。同じ岩魚だから同じ色、形に反応するとは限らず、やっぱりその水系に通い詰めて分かる事が沢山あるんです。」

やはり釣りは奥が深い。この膨大な小数点を詰めていった先に素晴らしい魚との出会いがある。数限りないトライアンドエラーの繰り返し。自らの甘えを完全に取り除き、ストイックになる時間。それは生きる力となり、自信をもたらし、成果に繋がる。鱒釣りは人生においても大事な事を僕に教えてくれた。

                   続