堰堤直下の極太虹鱒

暑い。茹だる様な夏の暑さから逃げる様に川に向かった。スプーンで深みを釣ってみたい。その一心から本流の大堰堤に向かった。山の向こうにはモクモクと入道雲がソフトクリームがマシーンから出てくる様に発達しており、一雨くる前にと思い、ソフトクリーム目掛けて車を走らせた。ぶぉぉぉん! オートマチックのワゴンR、いまいちコンピュータが抜けているのか、ギアが変わって欲しいところで、変わらない。これも愛嬌だね。そう呟きながら、お目当ての堰堤まで向かった。どどどどどっ!真夏だというのにこの川は衰えを知らない。川の名に恥じぬ水量と迫力がある。この流れに磨かれ、しのぎを削って大型化した虹鱒や岩魚、山女魚がこの堰堤に溜まる。それにしても暑い。頬を滴る汗を拭い、いつもの様にタックルをセットした。これを使ってみたかったんだよね!そう思いラインに結んだのは忠さんのスプーン6.9g。bite…トラウトフィッシングを嗜む人なら1度は聞いたことがあるだろう。ずっとたださんのスプーンと思っていたが、ちゅうさんのスプーンと読む事を知ったのは使い始めて4年経った年だった。2年ほど前から、スプーンを用いたフォールやドリフトに良く反応する個体が居る事に気づき始め、その味をじわりじわりと占めて、なんだか誰にも知られていない原石を掘り当てた様な特別感に浸っていた。まぁ、トラウトの釣りが上手な人ほど、スプーンを使いこなせるのだが…。堰堤より、200メートルほど下流から入川。大岩に流れがぶつかるポイントや深瀬、鱒が居そうなポイントを探りながら、狙いを定めた堰堤まで向かった。ごーーーっ!5メートルほどの落差があり、川の深さを合わせると、8メートルはあるだろうか。いつもこの迫力に圧倒され、負けず嫌いな心がくすぐられた。ミノーを投げたり、バイブレーションを投げたり、小難しいテクニックを覚えて、頭の中でひたすらにヌシを仕留める妄想を繰り返した10代。見たことの無い川の中と、どんな大物が居るのか?という好奇心が、僕の想像力を掻き立てた。20代に入り、物事はそこまで難しく考え無くて良いと気付いてからは、僕の釣り思考回路も幾分、静かになったのだが。メンタルの調子を崩してから、やたらと想像的な事に関心が向く様になった。頭の中に浮かんできたものを形にしたいと強く思う様になった。いじめられた事は苦しく許さないが、同時に創造性というギフトを貰った。今ではどこに行ってもいじめられる僕が結構、ユニークで面白く好きなのだ。堰堤を前に大きく深呼吸をした。真夏の昼間。どピーカンで、最近は雨もあまり降っていなかった。期待は正直薄かったが、何か居ると第六感が告げていた。堰堤の落ち込み、白泡がモクモクと綿飴の様に底から巻き返し、川底が見えない。きっとここが鱒の隠れ家だ。溶存酸素量も申し分なく、白泡が目隠しになり、外敵となる鳥や釣り人から守ってくれる。また上流からベイトフィッシュや虫が流れに巻き込まれながら、流されてくる。安全かつ、的確に捕食出来るとしたら、この流れの中なのだ。そこを目掛けてキャスト。しゅっ!新調したトラウトロッドが良くしなった。ぐぅぅぅぅっと落ち込みに存在する喰い波をスプーンが捉えた。良し!いい感じだな…ラインスラックだけ巻き取るイメージでそのままスプーンを沈める。その時、不自然に横にラインが引っ張られた。よしっ!鱒だっ!やはり居た。しかも大きそう。ジジジジジジジッ!ドラグが鳴った。どうやら足元に向かって鱒が走っているらしい。慌ててリールを巻く。あ、そっちはダメだ!足元目掛けて走った鱒が下流の深瀬に入ろうとした。やや強引にロッドを上流に煽り、鱒を再び上流に向かせる。MLのパワーと引っ張り強度に優れたPEラインがやや強引なファイトを手助けしてくれた。なんとか岸際に鱒を寄せて、ランディングネットに入れる事が出来た。よしっ!そこに横たわったのは体高が凄まじい、模様がびっしりと入った虹鱒だった。ありがとう。外来種である虹鱒に少々複雑な思いを抱きつつも、ハラハラドキドキなファイトを楽しませてくれた事に感謝の念が湧いた。何枚か写真を撮り、リリースした。スプーンで大物を釣る。目標が達成できた喜びと、改めて感じたスプーンのフォールにしか反応しない鱒の存在とその優位性。いかに彼らが普段から上流から流れてくるものを捕食しているかを証明する事も出来、トラウトフィッシングがまた次のステージに進んだと感じた瞬間だった。悠々と流れに戻る姿に、新たな可能性と次なる大物への期待を寄せて、川を後にした。遠く見えるマシーンは相変わらずソフトクリームを作り続けていた。               終わり