交わした約束 20年後の再会

大きく息を吸い呼吸を整えた。さぁやるか。少し埃の被ったルアーボックスを開けると、色とりどりのルアーが入っていた。小魚のような形のものから、くるくる回転するもの、キラキラする金属片に、餌釣り用と思われるウキとオモリまで。一体何がなんだか、良く分からなかったが昔「深い場所はスプーンを投げるといい!」と耳にタコが出来るほど聞かされて、スプーンを投げたので、それは分かった。7gほどの赤と白が半分ずつ塗装されたものがなんとなく良いと思ったので、助言通りそれを投げる事にした。パックロッドを組み立てると、リールを装着。少し慣れない手つきでガイドに慎重に糸を通した。「子どもの頃はなんだか鈍臭くて、父さんに全部やってもらってたけど、大人になると案外出来るもんだな。これが年の功てやつかな。ははっ」ガイド全てに糸を通すと、その先に、スプーンを結んだ。「広い場所ではオーバーヘッドキャストじゃ!」ご丁寧に、リールのベールの返し方から、ロッドの振り幅まで、人間のイラストとともに、絵で描かれていた。「父さんらしいな。」人に気を使う性格で、宿に来たお客さんを盛大にもてなしていた。いくら商売だからってそこまでやらなくてもと、母さんも思っていたらしいが、影で気疲れしては、1人山に入る事も多かった。父さんにとって釣りの時間は、宿用の食料調達の名目もあっただろうが、それ以上に心身の英気を養う大事な時間だったのだろう。本人はあまり、ストレスを顔に出さなく家族は気づいていないと思っていたらしいが、宿の休日になると、1人何処かに行くので子供ながらに、なんとなくその胸中を察していたのを覚えている。気がついたら、都会生活に疲れた自分と父を自然に重ねていた。「俺も似てるのかな」慣れないキャスティングで解き放たれたルアーは、やや山なりの軌道で、底が見えない水中に吸い込まれていった。

            続く