交わした約束 20年後の再会

リーンリーン。リンリンリンリン。9月も半ばになると、夜は鈴虫達の大合唱が始まる。月明かりがぼんやりと山の輪郭を映し出し、ススキや楓が暗くシルエットを作り出した。世界から彩りが消え、白と黒の水墨画の様な景色もまた粋な雰囲気を醸し出していた。「それにしても、今日のイワナは凄かったね」「はい、あんなに大きな鱒がいるなんて、想像の遥か上を行きました」「どうやって釣ろうか?」「60センチを越えて来るサイズはULだと、パワーが足りません。だからMLとか少しハードなロッドで、リールもカーディナルではドラグ性能の部分で不安だから、新しいモデルで2000番くらいのものがいいかな」「ラインはどうする??」「引っ張り強度がずば抜けて強い、PEラインが良いと思います。」「ルアーは?」「もう、鮎夢さん、私に聞いてばかりじゃなくて、少しは自分で考えてください。試行錯誤が大事なんです。」「ごめんなさい」「ふふふっ」ああでもない、こうでもないと意見を交わす。子供の頃は父さん達が大騒ぎするのを見て、何がそんなに楽しいのか疑問に思っていたが、この作戦会議がまた期待を膨らませ、釣りの大事な要素である事がよく分かった。鱒釣りにハンドメイドが加わり、想像と創造をひたすらに繰り返す。あのポイントで、こんなルアーで、こんな感じに流して…と考えているだけでワクワクした。第六感まで最大限に使い、自然を読み、空気を感じ、想像し、創造する。情報に溢れたこの現代において、父の事をなぜそこまでアナログに拘るのか疑問に思っていたが、感じとり、自分の頭で考える事こそ、人の心を育む時間であると教えたかったのだと思う。知っている。確かに現代人は知っている事は沢山ある。だが、人間らしい5感を育む機会は、その大量の情報により奪われたのではないか。分かると出来るは違う様に、頭でっかちな人間が沢山いるのではないか。便利さを追求する事を否定はしない。しかし便利を追求しすぎても決して幸せにはなれない。そんな大事な事を父は教えたかったのだと思う。「やっぱり大きな鱒は大きなルアーかな??」「私もそう思います!鮎夢さん、成長しましたね!!」「ありがとう」幸せで、豊かな人生は、豊かな心を持つ者に訪れる。

 

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