小さな沢の大きな鱒

よーし。岩魚を釣るぞ!中学1年の春の事。子供の体力で向かうには、かなり遠い沢に、行ってみる事にした。GW、雪代がゴーゴーと出る本流を横目に、目的地に向かう。これを乗り越えた先に素敵な出逢いが待ってる!!そう呟きながら僕は、籠に載せたミミズが入っているカンカンが、立ち漕ぎをする度に、カラカラと音を立てる自転車で、急な上り坂を登っていった。肝心の沢が近づいてきたのだろうか。さーっと流れる水の音が聴こえる。まだ中学生になったばかりの僕は、目的の沢に着いた頃にはヘトヘトだった。やっとついたなぁ!! 今となっては車で5分で行ける場所だが、当時は大冒険。物凄く遠い場所の、滅多に来れない秘密の沢という認識だった。ここの橋の下が良いんだよな!2メートルもない小さな橋がかかっていて、その下に岩魚が溜まる。チョロチョロと上流から用水路が流れ込み、餌がよく集まるらしい。6年後、僕はそこで40センチのイワナをルアーで釣る事になった。透明のアクリルボックスから、針とガン玉、目印を取り出し、川の深さを予想しながら作った仕掛けを、3.6メートルの延竿に結んだ。これでいーだろう!カンカンから、うにょうにょと動くシマミミズを掴み、針に付けると、黄色い血が出てきた。キヂとも言ったりするが、この黄色い血が独特の匂いを発して、魚を寄せる。当時の僕が岩魚を狙うには、とっておきの餌だった。それっ、仕掛けを橋の下に投げ込んだ。脈釣りといい、道糸の途中に、小さな凧のような目印を付ける事で、ウキ釣りではとても流されてしまう様な、速い流れの場所でもゆっくりと仕掛けを流せる釣り方だ。もちろん、ウキ釣りの様に、分かりやすく目印が動くわけではないので、竿先の感覚に全神経を集中させた。モソモソ…ん??モソモソ…ん??「何かが餌を食べている??」それっ!ぶるぶるぶるぶるっ!「わ!やっぱり魚がかかっている!」ほんの小さな違和感、風に草が揺れる様な、ごくごく僅かな違和感が、渓流魚等有のアタリだ。ぐぐぐぐぐっ!「結構大きそうじゃん!」初めての大物の引きに、右往左往した。「それーっ!」糸が切れるのを覚悟して、思い切って引っ張りあげた。大きな岩魚が、足元でバタバタと跳ねた。と、その瞬間、道糸と、ハリスの結び目がプツン!と切れ、魚が川に逃げていきそうになったので、慌てて、バケツにいれた。「やったー!大きな岩魚だぁ」30センチほどの雌の岩魚だった。初めて尺岩魚を釣った。興奮して手が震えたのが分かった。嬉しくなって、近くの水道からバケツに水を汲んできて泳ぐ姿をひとしきり眺めた。「綺麗だなぁ!大きいなぁ!」中学1年生の僕にとって、その魚は巨大魚に見えた。尺岩魚が泳ぐバケツを自転車の籠に載せ、弱らないかな?弱らないかな??と、慎重に帰り道の下り坂を降りて行った。 

                  終わり