交わした約束 20年後の再会

「父さんのやつ、こんなに山奥まで来てたのか。歳も歳だったろうに」経営ノートの、手書きの川の地図には、沢の地形と、危険な場所、隠れ堤がある事が記されていた。「隠れ堤??子供の頃、何度か一緒に来た記憶はあるが、そんな場所知らないなぁ」地図を見ながら、気がつくと、沢沿いの林道を1時間半も歩いていた。隠れ堤と記された場所に近づくと、急に沢の音が大きくなるのが分かった。ドドドドっ!明らかに水量が多い音だ。「特徴的な岩が近くにある。その岩に沿って降りていくと、隠れ堤だ。そこに大きな岩魚が居る」そう書かれていた。少し歩くと、それと思しき岩があった。指示書きに従って川に降りていく。なるほど、そういう事か。もう使われてはいないが、昔この岩魚峡に存在した民間の電力会社、果寺発電の水力発電用取水堤がそこにあった。岩魚峡への登山客と釣り客によって開かれた、「岩魚峡を守り隊」の有志により、維持、管理が為されているらしい。観光客も多く、それなりの利益が望める為、市も予算を出してくれていた。小さな管理棟の周りだけ、綺麗に草が刈られていた。「深くなっているから、気をつけて釣りをする様に!」「おいおい、釣り禁止じゃないのかよ。普通、こういう所は釣り禁止て看板が立ってて、近寄れない筈だぜ。ここの管理人はよっぽど釣りが好きなんだな。」なんて独り言を呟きながら、リュックサックに入れてきたパックロッドと、リールを取り出して、釣りの準備を進めた。幅、8メートル、奥行き20メートルほどの堤は、沢の規模から考えるとかなり大きい。ジンクリアの水は河畔林を反射させ、その透明度を持ってしても川底が見えない深いポイントを形成していた。「確かに、ここは子供が来るには危ないな。でも一体どのルアーを投げたら良いんだ?」経営ノートをパラパラとめくると、攻略!大岩魚!!というページにたどり着いた。「攻略!だなんて、父さんもかなりの釣りキチだな。ははっ」きっと父さんはこの岩魚荘の跡を継いで欲しかったのだと思う。でも優しいから、息子である僕には一切そんな事は言わなかった。丁寧な教え口調のノートから、その思いがヒシヒシと伝わった。「こんな薄汚ぇ所、住めるか!」高校生にもなると、街で育った学生と遊ぶ様になり、山奥育ちの自分がなんとも小っ恥ずかしく、自分の育ちを呪った。「なら、うちに帰ってくるな!!」喧嘩別れをする様に、岩魚峡から都会に出た。しかし、都会で生活するうちに、自然と心がまた故郷を求めているのに気がついた。そのタイミングでの母の訃報だった。「父さん、母さん分かってやれなくてごめんよ。僕はやっぱり父さんと母さんの子なんだな。僕はこの宿を守るよ」経営ノートの字が涙で滲んだ。      続く