交わした約束 20年後の再会

「はい。岩魚荘です。お客様、1名ですね。かしこまりました。今週末、お待ちしています」

両親が居なくなり、民宿を継ぐ事になったは良いものの、何をどうして良いかさっぱりわからない。生前、父が残した経営ノートが、タンスから出てきた為、それを見ながらの経営が始まった。岩魚峡の中腹、つづら折の農道を登っていった先に岩魚荘はある。朝には、渓谷に雲海が出来て早起きすると、幻想的な風景があたり一面に広がり、その風景がこの宿の売りの一つでもあった。子供の頃はそれが当たり前でなんとも思っていなかったが、高校を卒業し、故郷を離れて10年。久々にみるその風景に、思わず息を呑んだ。「こんなに綺麗だったんだな。」土間にある古いガスコンロを使い、湯を沸かし、コーヒーを淹れた。両親にお土産と思い、普段行かない都会のコーヒー豆専門店に、わざわざ行って買った、グアテマラ ウエウエテナンゴ w焙煎が、瓶に残っていた。「父さん、母さんもお茶が好きだったもんな。コーヒーは好きじゃなかったかな。まぁ俺が飲めばいいか。」岩魚荘の縁側に一人座り、コーヒーをすすった。「美味いなぁ。やっぱり俺はコーヒー派だな。さ、週末のお客さんを迎える準備をしないと」民宿でお客さんを迎える為に…と考えると、まずは地元のものを使った美味しい料理だと思った。週末までまだ 5日ある。川魚の塩焼きをメインディッシュにしようと決め、岩魚峡の支流、前ノ沢に岩魚を釣りに行く事にした。「子供の頃は、父さんと良く行ってたけど、忘れちゃったな」都会の生活が長くなり、心と身体はすっかりコンクリートジャングルに染まりきっていた。山道を歩く足元がおぼつかない。経営ノートに書いてある父さんだけの秘密のポイントを目指し、歩いた。    続く