交わした約束 20年後の再会

季節の深まりを感じると共に、段々と陽が短くなり、標高の高い岩魚峡は秋の訪れも早い。あれほど騒がしく鳴いていた蝉も幾分静かになり、空にはアキアカネが飛びだす。ススキが揺れ、渓流には特有の緊張感が漂い、産卵期を控える鱒達は独特の色味をまとい始める。山女魚は真紅に、岩魚は茶褐色に。釣り人達は鼻の落ちた大山女魚、大天魚を秋鱒と呼び、スレにスレたターゲットに口を使わせるべく、あの手この手で、真剣勝負を繰り広げる。勝負と言っても賑やかなものではなく、気配を殺した静かな戦いだ。秋をそのまま身体に落とし込んだ様な鱒の見た目は、美しさと逞しさに溢れ、多くの釣り人を魅了して来た。この岩魚峡も例外ではなく岩魚荘は特に9月の宿泊客が多かった。が、今年は世界を変なウィルスが支配して、感染を気にしてか、ほとんど客が居ない為、伝説解明に集中できるチャンスでもあった。「早苗さん、父の書斎を整理していたら、こんなものが出てきたよ。」宿泊客 鱒レコード帳 父の性格から、争いになるのを気にして余り公表はしていなかった様だが、過去の宿泊客が釣り上げた鱒の大きさが記されたノートだった。「まぁ、それは気になります!どれどれ…岩魚の記録1位は1998年、9月 隠れ堤にて 59センチ!大きい!ルアーはラパラね。」98年は記録的な大豪雪の年だった。雪深い所に大岩魚なのか、雪と岩魚は切っても切り離せないイメージがあった。「2尺岩魚という言葉があるけど、59センチなら泣き2尺だね。それでも凄いサイズだね。だとしたら伝説はそれを余裕で越す70センチ??」本州の有名河川では72センチの岩魚が記録として残っている。ここ岩魚峡は源流域ではあるものの、底が暗く見えない淵が幾つもある。ベイトフィッシュとなるハヤや水生昆虫も数多く生息し餌にも事欠かない。59センチを越す個体が居てもおかしくなかった。「70センチの大岩魚…、ワクワクが止まりませんね!」      

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