交わした約束 20年後の再会

ある秋の出来事だった。ジリジリジリジリ! 「はい、おお、鮎夢か!どうした?」「どうしたって父さん、母さんが死んだっていうのに、呑気だな、母さんの葬式やるんだろ!俺も仕事早く切り上げて、実家に向かうから。父さんも若くないんだから、あんまり一人であれこれやろうとするんじゃないよ。じゃ、今日の夕方にはそっちに着くから」ガチャッ!「父さんのやつ、母さんが死んで寂しくて仕方ない筈なのに、呑気なもんだ。俺に気を使わせない為に無理をしてるんだな。まぁ、昔から人に弱みは見せないタイプだからな。」帰路に着く電車の中は、平日の昼という事もあって、客は少ない。新幹線を使い街まで2時間。そこから山奥までかなりローカルな地方鉄道で1時間。渓谷入り口 という駅を降り、30分ほど歩くと岩魚峡だ。その、なんとも渓流好きがつけた様な名前の渓谷の奥に、実家がある。釣りや山登りに来る人をターゲットに、両親はそこで小さな民宿を経営していた。知る人ぞ知る渓谷で、そこにしか生息しないトンボや蝶、丸太の様な大岩魚を目当てに、自然愛好家が度々家に来ては、父さんとあーでもないこーでもないと言いながら出かけていた。夜はそれを肴に、酒を飲み交わし、僕も傍で話を聞いたり、釣ってきた岩魚、山女魚を焼いたり、一緒に食べたりしていたので、物心ついた頃から自然に詳しくなっていた。「父さん、ただいま!鮎夢だよ。」「おお、鮎夢、帰ったか。待っていたよ」「母さんの最後、見てやれなかったな。どうだった?」「ああ、母さんらしい死に方じゃった。眠る様に静かに息を引き取った」「苦しまなかったのなら、まだ良かった。それにしても、ここは変わらないな。」「ああ、ここはいつも静かだ。わしもここで骨を埋めるつもりじゃ。」「はは、まだ父さんは生きてくれなきゃ。」母さんの葬式を終えた1年後、父さんも後を追う様に息を引き取った。山の奥に2人の墓を建て、僕は28歳にしてこの民宿を継ぐ事になった。これからどうしよう。         続く。