交わした約束 20年後の再会

そんなこんなで、週末を迎えた。初めて1人で迎えるお客さん。準備は万全だが、やや緊張した。「こんにちは!」岩魚荘の玄関に元気な声が響いた。「お待ちしておりました。」父さんのいつものユニフォーム、甚兵衛に手拭いを頭に巻く陶芸家スタイルで、お迎えした。「綺麗な所ですね!!」「はぁ、なんもないですが、なんもないのが良いんです。どうぞゆっくりして行ってください」客室の場所、宿のおおまかな案内をした。「お一人で来るのも珍しい。何か目的があって?」「はい。私、大学で、自然の研究をしているんです。高山植物の事だったり、蝶や蜻蛉が何処にどんな種類がいるかとか、後は、地質について勉強をしています。」「そうですか、うちは基本門限などもないですし、使えるもので有れば自由に宿のものを使って頂いて構いません。築100年以上の建物だからあちこち古いですが…」「そういうのも興味があるんです!」そう言って、お客さんは居間にある父さんが使っていた古い山登りの道具や、カメラなどを興味深そうに眺めていた。初めてのお客さんは一見、男の人かと思わせる、ショートカットが似合う女子大生だった。「岩魚峡は、その名の通り、岩魚が沢山居ることで、有名なんです!宿主さんは岩魚峡の大岩魚伝説をご存知ですか??」「大岩魚伝説??」「はい。古くから言い伝えられてきた伝説で、ここ岩魚峡の奥の奥に、大きな滝があるんです。木が覆いかぶさっていて、人工衛星でも捉える事が難しく、その存在を知る者は多くないそうです。そこの滝壺に、誰も見た事の無い、大岩魚が泳いでいるんです。」そういえば昔、1人変わったお客さんが来ていた。渓流には不釣り合いなくらいの長い延竿に太い道糸、サクラマスを釣る時の様な、大きな針を持ってきていた。何も釣れないと言い帰って行ったが、もしかしたらその存在を知っていたのかもしれない。「そんな伝説があるなんて知らなかった。是非解明していってください。」本当かどうか定かではなかったが、輝くお客さんの瞳を見て、本当にその大岩魚がいる様な気がした。

 

                  続く