逆境に生きた青春 大海原への航海 

「おおお、魚が掛かりましたよ」「わぁ、なんか重たいですっ」翌日、島の入り江の端にある防波堤で、2人竿をだす。さびき仕掛けで、カゴにオキアミを詰めて、のんびりと小物を狙った。小さなキラキラする針がいくつかついていて、仕掛けを上下させるとカゴに詰めたオキアミが、水中に散らばり、餌を食べる時に騙されて、キラキラする針に、魚が喰いついてしまうという感じで、シンプルだが、中々考えられている仕掛けだ。「なぎささん、慎重に!」「やったー釣れましたーっ!」コアジやキスが、何匹か掛かっている。やっぱりこの入り江は魚が沢山いる。子供のように無邪気に笑ったのは、いつぶりだろうか。強張っていた表情が緩んだ。2人共、時を忘れて夢中で魚を釣った。昼下がりの波打ち際に、穏やかな時が流れた。やぁ、沢山釣れましたね。素揚げにしたら、きっと美味しい」バケツいっぱいに釣れた。釣れすぎて思わず笑ってしまった。「ますおさん、そんなに素敵な笑顔をされるんですね」「えっ??」「この島に来られてから、ずっと難しい顔をされてました。もう苦しそうで、どうやったら笑わせられるか、私、ずっと考えていたんです」「あぁ、僕、そんな顔してましたか。すみません。」「謝らなくて、いいんです。それだけ大変だったんですから」「ありがとう」まだ出会って日の浅い僕をこんな風に見てくれている彼女に、マリアナ海溝よりも深い愛を感じた。「この魚、どうしようか」「この島には、美味しいお寿司屋さんがあるんです。そこの板前さんはとても腕が良い人だから、彼に託しましょう」「それは楽しみだっ」島の入り江から、10分ほど歩いた、小高い丘にそのお寿司屋さんはあった。じゅう寿司。店の入り口、一枚板に筆で大きく書いてあった。一元さんお断りな感じの店構えだ。「そんなに緊張しないで」「はい」暖簾をくぐり、昔ながらの、引き戸をカラカラと開けた。「いらっしゃーい」意外にも若い板前さんが迎えてくれた。「元ちゃん、良い魚が釣れたのよ。何かできないかしら」「はいよっ」「元ちゃん??」「5代目、元之助よ。先祖代々継ぐ、歴史ある店なの」「そうなんですね」そんな歴史ある店に、さびきで釣った小物を持っていくのも、少々気が引けたが、若さんは喜んでいたので、安心した。カウンターの席に腰を掛け、緑茶をすすった。良いお店は小鉢料理や、お茶などが決まって美味しい。「美味いっ」思わず、声が出た。「まぁ、ますおさん、茶柱が立ちました」「えっ、すごい」なぎささんの湯呑みを見ると、茶柱が立っていた。なんだか、この人と居ると、面白い事が起きる。そうこうしていると、さびきで釣れた鯵を若さんが叩きにしてくれた。「へい、おまちっ」「わぁ美味しそうですね、いただきます」サカポワ島特産のネギを散らして、生姜醤油で頂くことにした。「んっ、美味しいっ」鯵特有の、甘みが口いっぱいに広がった。「ますおさん、美味しそうに食べられますね。私、そういう人好きです」少しドキッとした。「ありがとうございます」なぎささんと、食事ができるのが、なんだか嬉しかった。キスも天ぷらにしてくれ、それも美味しく頂いた。店からは、海に沈む夕日が綺麗に見えた。サカポワ島に辿り着いて本当によかったな。そんな思いが、胸いっぱいに広がり、今までの苦労がまた少し、溶ける気がした。    続く