逆境に生きた青春。大海原への航海。

逆境…僕の青春はこの言葉がぴたりと当てはまる。家庭内暴力や、いじめを受け、心に大きな傷を負った。中学校から行けなくなり、高校は卒業するまで7年という時間がかかった。なんでうまく出来ないのだろう??どうして皆んなと同じ様に元気に学校に行けないのだろう。何度そう思ったか、分からない。フラッシュバックが始まり、心が何度となく引き裂かれた。勉強が好きだった。心置きなく安心して励みたかった。それは叶わなかった。ひどく荒れた家庭に帰ると、そこでエネルギーを毟り取られる様な感覚があった。本来なら家庭はホッと安らげる場所だ。家庭をいつでも帰ってこられる港として、船は出港出来る。燃料を補給し、資材を積み、航海に向けた知恵や技術をつけ、大海原へと、旅立つ。しかし、それら機能がないとしたら。僕の港は、船を壊す様な人がたくさん居た。外から獲ってきた魚を我先にと、奪い合い、いいエンジンを積むと、破壊工作される。今にも沈みそうな船で何度となく出港を余儀なくされた。小さな波ですら、乗り越えるのが難しい、黒い煙を上げながら、やっとやっとの操縦をしていた。外の海は、仲間ばかりではない。海賊の様な悪い連中も居る。とことこ走る泥舟は、格好の標的にされた。大砲を撃たれ、船首に当たったらしい。甲板が一部欠けている。ドスン!!大きな音がした。今度は魚雷の攻撃を受けた。船の底に穴が空いた。ダダダダダッ!さらに機銃掃射を喰らった。操縦室の壁に弾痕が沢山ついた。これは、いかん…。港に帰るしかない。緊急帰港。ぼろぼろになりながら、ようやく港に着いた。おーい!誰かいるかぁ!!呼ぶと、気だるそうな顔をした整備士が3人出てきた。いつも魚の取り合いや、つまらない口喧嘩を重ねる、使えない奴らだ。船の修理を頼みたいのだが…。彼らしかいないから、仕方なく、依頼するしかない。重い腰を上げ、拙い手つきで、修理が始まった。何日も、何週間も、何ヶ月も待っただろうか。ようやく、終わったとの連絡を受け、船を見に行った。やっとか!!遅いじゃないか!と、訴えたが、耳に入らないらしい。彼らに期待するだけ無駄だと思った。整備小屋を後にすると、いつも船が停泊してある第一堤に、向かった。肝心の船は、意外と綺麗だった。外だけは綺麗にするのが彼らの仕事の特徴らしい。よく見ると、エンジンはまだ旧式の馬力がないモデルのままだった。というか部品取りをされ、動きはするものの、出力がかなり落ちている。これは酷いな…。思わず目を覆った。何を言っても、無駄か。期待した俺が馬鹿だったな。落胆し、その港には二度と帰らない事にした。ととととととととっ。夜明けと共に、出港した。平和だと、噂で聞いた島を目指し、なるべく海賊が出ないルートで、航海を始めた。辛かったが、あの場所と時を思えば、なんとか船を走らせる事ができた。島を目指してから、何日経っただろうか。どうやら目的の島の近くに来たらしい。一隻の船が近づいてきた。おい!お前、その大きさだと、港に入るのが難しいぞ!!ラカチと書いてあるオレンジ色のそれは、どうやらタグボートらしい。親切にも、牽引してくれるらしい。よかった。安堵感から大きなため息が思わず出た。ラカチの船長は、面長でサバサバしたタイプ。感情を引きずらない、頭の回転が速い仕事が出来る人、という印象を受けた。前の港であった事をうんうんと聞いてくれると、うちの島へおいでよ!!と快く案内してくれた。まさに、捨てる神あれば、拾う神あり。しばらくその島の港に、停泊させてもらう事にした。ラカチと共に30分ほど船を走らせただろうか。サカポワ島。さほど大きな島ではないが、港は小綺麗な印象を受けた。停泊してある船たちも、きちんと整備がしてあり、多少の古さは感じつつも、まだまだ現役といった風だ。ここなら大丈夫そうだ。ホッと胸を撫で下ろし、久々に船を降りた。良く頑張ったな。俺のグナマ号。そう呟き、ラカチの船長と共に、港を後にした。何日ぶりに、土を踏んだだろうか。長い時間、船で過ごすと、どうも歩き方がぎこちなくなるし、なんだか陸が慣れない。「大丈夫か?まぁお茶でも飲んで。ここにはいい整備士も居るし。」船長はそう呟くと、島の公民館に案内してくれた。道中、船長は、「いやぁここには、海賊達に襲われた船が集まってね。皆んなゆっくり整備しながら、エネルギーを蓄えて、またの航海に備えてるんだよ」そう教えてくれてた。「さ、ここだよ。」「お邪魔します!」海が良く見える、見晴らしの良い場所に、その建物はあった。こんにちわぁ。整備士にトラウマがある僕は、恐る恐る、新たな整備士が居る部屋に入っていった。よく来たね!優しそうに出迎えてくれたのは、なんと女性の整備士さん。しかも僕のタイプな顔。ショートカットが良く似合う笑顔の素敵な人だった。今までの経験からなのか、昔から信用できる人、できない人というのが、なんとなくの雰囲気や表情から分かる。しかもかなりの精度であたる。長い航海人生の中で磨かれてきたある種のカンなのだろう。この人は信用できる。一瞬でそう思った。心のどこかで懐かしさを感じたのも、大きかった。「よろしくお願いします。」早速、船の整備をお願いする事にした。「では港に行きましょう」物腰柔らかな低姿勢さは、自信と優しさを感じさせた。「大変だったでしょう。良くあの海賊が居る海をお一人で走ってきましたね」「はい、辛くない日はなかったです」大丈夫だと思っていたが、逆境が重なり知らず知らずに心が疲労していた。涙が溢れた。思わず、その場にうずくまった。「そうでしたか。辛かったですね。」整備士さんは、初対面でありながら、隣に座って、泣いている僕の背中をひたすらさすってくれた。そう、辛かったのだ。僕は辛かったのだ。海の漢として、強がっていたが、思い返せば、中々にハードな日々だった。外から獲ってきた魚を、自分の手柄だと言わんばかりに盗られたり、日頃のストレスをぶつけられ、船を破壊された事もある。船をメンテナンスし、次の航海に向けての準備をしたり、ホッとひと息つける筈の港でだ。海賊に疲れ果てて、帰った先にも海賊の様な連中が待っているのだ。否が応でも心の疲労が蓄積した。「それでは、また航海なんて出られませんよ!」「そうですよね。頑張りましたが、限界でこの島に辿り着きました」「よく航海されて来ましたね」やっと今までの苦労から、解放された気がした。溢れた涙が止まらなかった。もう1人で頑張らなくて良い。そう思うと、重たかった体が、少し軽くなる気がした。また生きてみよう。そう思い、僕は少し軽くなった身体を起こし、歩き出した。港までの下り坂を、2人で歩いた。一歩、一歩、踏み締める度に、心の傷が癒える気がした。続く。