自然と対峙する時。ホッとする自分時間と年の功?笑 

川と向き合う。ポイントと向き合う。いつ何時も、僕が釣りをする上で大事にしているのは、真摯に向き合う姿勢をとり続ける事だ。釣れる、釣れないに関わらず、その日の天候や水色、魚の活性、そのポイントの何処に、どうやってルアーをプレゼンテーションするか…。思い通りには、流せないし、必ず釣れる訳ではないけど、それらを考えるのがとても楽しい。ミノーが良いのか、スプーンが良いのか、バイブレーションが良いのか。シンキングなのか、フローティングなのか、ディープなのか。泳ぎはただ巻きか、トゥイッチングか、ダートなのか、それともリフト&フォールなのか。ルアーの色は派手なものがいいか、地味なものが良いか。ああかこうかと、河原で思案していると、あっという間に時が過ぎる。川に向かって投げている時間が、たまらなく濃密で充実した時間になっている。季節により、フキノトウやワラビ、運が良ければタラの芽といった山菜が生えていたり、カワセミ等の野鳥を目撃したり、カモシカやテンといった野生動物と遭遇したりと、魚を釣る以外の楽しみも沢山あるのが特徴だ。疲れたら、腰を休めて缶コーヒーを飲んだり、遠くに見える山々を眺めたり。釣りを始めたばかりは、大きい魚に一心不乱で、ひたすらに釣る事ばかりを考えていた。何がなんでも釣る!!若気の至りだとは思うが、中々怖い顔をして釣りをしていた時もある笑笑 が最近は釣りが上手になったのか??下手になったのか???余裕があるのか??笑 そんな周りを見渡し、ホッと息を抜くのが幸せな時間だ。これが年の功というものなのか、以外と釣果が伸びているのも事実。余裕を持って状況が把握できるのが、吉と出ているのかもしれない。自然や動物に思いを馳せる時間、心に良い栄養となるのか、釣りの後は不思議と絵や執筆がはかどる。頑張るぞ!!とまたやる気を貰える。木や葉、虫達から、インスピレーションを無意識のうちに受けているのかもしれない。センスを磨き、内側を耕している。それは鱒さんが持つ美しさに感銘を受け、自然界にしか作れない色合いや、造形に畏敬の念をはらっている部分とも共通している。思春期の僕は、人が怖かった。そこから逃げた先が鱒釣りの世界だった。しかしながら、今はそこから沢山の良いものを受け取り、人や社会と繋がるきっかけになったり、絵や執筆のアイデアまで貰っている。逃げた僕が受け入れられなかったが、今はそこが、かけがえのない時と場になっている。釣りと出会えて本当に良かった!と思っている僕が居る。未だにノーフィッシュなのは心底いただけないが笑笑 そろそろガボっと出てくる鱒の顔が見たい所長です笑