交わした約束 20年後の再会 

「おーい、鮎夢、釣りに行ってみないか?」「父さん、いいの?行く行く!!」まだ小さいから危ないという理由で、中々渓流に釣れて行ってもらえなかったが、小学2年の夏休みの自由研究、「川の生き物達」をテーマに岩魚峡を初めて探検する事になった。ルアータックルは子供の僕にはまだ難しく、延べ竿を使った脈釣りスタイルでの釣りだった。竿に伝わる僅かなアタリと、目印の動きを見て、アワセを決めるこの釣り方。仕掛けこそシンプルだが、魚釣りの基礎中の基礎とも言える感覚を身体で覚える。初心忘れるべからずという言葉の通り、子供の頃に培った感覚やセンスは大人になっても生きてくる。むしろ小難しい理論や理屈を知らない子供の方がより吸収も早く、上達する。大人になると知識や常識と言ったものがどうしても先行してしまいがちだが、伸び伸びと自由な感性で自然の中を探検した経験が、心の栄養になっていたのが今となっては分かる。人間としての礎をこの釣りが作ってくれたのだった。「鮎夢、合わせろ!」「わぁっ!大きい!!」初めて釣った岩魚は手が震えるほど嬉しく、その魚体の美しさに目を奪われた。途中、湧き水を飲み、その水の甘さに驚いた事。大人になった今から振り返ると、行動範囲こそ狭いもののそこから吸収するものや、感動が沢山あった。歳を重ね、社会に出て、人と比べ、競争し、そんな感覚は隅の隅に追いやられていた。でも今は違う。忘れてきたものは、探していたものは、他でもない自分の心に眠っていた。それに気がついたのだ。ヌシが潜む池を前に、セピア色に掠れた記憶が急速に色づき、カラフルに鮮明なものとなって目の前に広がったのだった。

 

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交わした約束 20年後の再会

メインの林道を歩き続け3時間。後ろを振り返ると太陽が山間から、顔を覗き始めた。「日の出だね」「はい。」9月も半ばに差し掛かると、朝は15度まで気温が下がるが、日の出と共に、少しずつ気温も上がる。お天道様に一礼し、今日の安全を祈願した。「ポイントまでもう少しかな。父が記した薮群生地帯はこの辺りの筈。にしても水の音が聞こえない??」「おかしいなぁ、滝なら音が聞こえると思うんですが…」僕は滝がある事実を疑い始めた。そもそも、この釣り人が多い岩魚峡に置いて、滝があるなら既にその場所は発見されていてもおかしくない。だとするならば…。耳を澄まし、意識を音に集中させた。聞こえるのは、木のざわめきと、野鳥の囀りに、鈴虫の鳴き声。もっと意識を集中させる。すぅーっと息を大きく吸い込み、ひたすらに周りの音に耳を澄ます。サワサワサワサワ。ジーッ!ジーッ!。リンリンリンリン。ザーッ。サワサワサワサワ。「??」木々や生き物達の音の間に微かに水の音が聞こえた気がした。可能性があるとすれば…湧き水、もしくは土砂崩れ等で堰き止められて出来た天然の池か。水の音が聞こえた方向に向かい、薮の中を突っきる事にした。「早苗さん、薮はパニックを起こしやすい。深呼吸して冷静に進もう」「はい!私、他の河川でも藪漕ぎの経験があります。落ち着いて行きます!!」背丈以上の高さまで成長した薮に分け入る。四方を囲まれると、呼吸が圧迫される様な息苦しい感覚に陥る。パニックを起こす前に、決めた方向に一気に突っ切る。ザワザワザワザワ。「大丈夫??」「はい!」5分ほど歩いただろうか。天然の要塞を抜けると、昔作ったであろう砂防堰堤が崩れ、土砂崩れが沢を堰き止めて出来た天然の池が姿を現した。「やっぱり!」「こんな所があったんですね!!」小さな枝沢が向こう50メートル程の場所から流れ込み、土砂崩れで流された木や岩が水の中に沈み、ストラクチャーになっている。周りは鬱蒼としていて、昼間でも薄暗い。岩魚峡特有の大木が日光を遮り、確かに衛星写真でも捉えるのが難しい理由が分かった。霧が立ち込み、いかにもヌシが居そうな空気感が漂っていた。「よし、ルアーを投げてみよう!」「はい。釣りますよぉ!!」

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ハンドメイドもちょっとずつ。

こんばんは。所長です。絵画制作とお仕事の合間を縫って、ハンドメイドも作って鱒。まだブランクの段階だけど…

支流域で使いやすいフラットサイドモデルと、本流〜上流の大きめの淵や瀬を流す事を意識したファットロング。お陰様で腕を上げてきて、泳がないルアーが出来なくなって来ました!!

目指すはイトウクラフトさんのBowieの様なミノー🐟

アルミを貼り貼り。顔はエラをアートナイフで描き、ポンチで目を開け。鱒顔にもしていきたいですね。はっきり言って市販のミノーで釣るより、何倍も楽しい!! これからも頑張ります👍

 

 

交わした約束 20年後の再会

ザッ、ザッ、ザッ。無心で山道を歩く。日の出前の暗い時間帯、山は静かだった。「目的の滝まで、まだかなりの距離があるね。」「はい。」静寂がまだ見た事のないヌシへの期待と、緊張をより強く感じさせた。子供の頃を思い出すと、山は楽しい場所でもあり、怖い場所でもあった。山に入る時は、人間の世界と、野生の世界を隔てる大きな境界線を跨ぐ様な、独特な感覚があった。大人になると感じない事も、子供の時はより強く感じ、大人には分からない不思議な世界が心に広がっていた。それは子供ならではの空想の世界なのかもしれないし、汚れのない純粋な心が見せていた、現実なのかもしれない。空想と現実を行ったり来たり。まだ釣った事のない魚に想いを馳せ、心の底からワクワクする経験。歳を重ねれば重なるほど、心の隅に追いやられ、忘れていく感覚にすぐ戻れるこの鱒釣りは、僕の人生の一部であり、僕を形作るピースでもあった。社会の誰かが作り出した型枠に自らを捻じ曲げる内に、大事にしていた心は、どこかに置き去りにされていた。その時々が、見るものが、感じられるもの全てが新鮮で、五感を最大限に使い、一日、一日を深く味わいながら生きていた。馴染むとか、空気を読むとか、そんなしがらみが無かった心に戻りたかった。その心がこの一夏で、少し思い出せた気がした。「早苗さん、僕は大事なものを思い出した。いや、取り戻したんだ。それを思い出させてくれたのが、貴女だ」「分かります。私が岩魚荘に来たばかりの時の貴方より、ずっと生き生きしてますよ。」時に錆び付き、動かなくなった様に見えた心も、強さや優しさを兼ね備えまた輝き出す。自然にはそんな力がある。「僕は幸せに生きます!」「はい!」

                  続く

交わした約束 20年後の再会

想像力とは創造力である。全ての事柄は内発的動機から始まる。生前、父がしつこく言っていた言葉。この岩魚荘も父の代で3代目、築150年を越す古民家は、昔の腕利きの大工さんが建てただけあり、古さを感じさせない頑丈さと、昔の建築物ならではの、味わい深さを醸し出していた。ワクワクしながらルアーを作る早苗さんの姿が、いかに物作りが楽しいか、僕ら現代人に心の豊かさをもたらすかを教えてくれた気がした。しがらみや常識、レールに敷かれた人生は安定という名の不安定を作り出し、人との比較を生み、トゲトゲした荊棘を心に作り出した。権力に媚びる事を心底嫌い、自分の美学をひたすらに追求し続けた父。変わり者と嫌っていたが父は本当に豊かな生き方を僕に教えようとしていた。ここでの生活は、都会のサラリーマン生活の時間に比べると、ほんの一夏の短い時間だが、遥かに濃密で充実した時間だった事に気がついた。右向け右、左向け左の人生が幸せと信じて生きてきたが、やはり僕も父さんの子供。いかに心豊かに生きられるか。それが僕の人生のテーマになっていた。「準備は出来たね。じゃあ、伝説を釣り上げよう」「はい!」まだ陽が昇る前、深夜3時から釣りの支度をして、山に向かった。

 

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やっと川に立てた!2024season始動!

今晩は。所長です。先日、時間が取れて、念願の川に立ちました。

水色は極めてクリア。まだ気温が低く、雪代が出ていません。水位が低いですが、こんな時は鱒さんは淵のヒラキに出ている事が多く…試作ミノーを上流に投げ、流れに乗せながらu字ターントゥイッチングの王道パターンで探ると…ぐぐぐぐっと!良いアタリ。40センチ級だっ!と喜んだのも束の間、フッとテンションが抜けフックアウト😂 痛恨のバラし…。その後上流に移動し、支流にエントリー。

流れが右岸にぶつかり、1.5メートル程の水深の淵…反転流にミノーが入ったタイミングで流れの底から、元気に追いかけてくる鱒さんの姿が…トゥイッチングを何回か加えると、ヒット。

少し黒いこの時期らしい綺麗なイワナさんでした。僕のルアーは流れから飛び出しにくく、良く泳ぎます。そして良く釣れる!笑 今年は塗装にも凝りたいですね。

 

久しぶりの川の空気はかなり新鮮。やっぱり楽しい!!市販のルアーも良いけど、ハンドメイドを始めて、理解が深まり、より踏み込んだ釣りが展開出来ます。始まったばかりの2024season。楽しくなりそうです😆

 

交わした約束 20年後の再会

季節の深まりを感じると共に、段々と陽が短くなり、標高の高い岩魚峡は秋の訪れも早い。あれほど騒がしく鳴いていた蝉も幾分静かになり、空にはアキアカネが飛びだす。ススキが揺れ、渓流には特有の緊張感が漂い、産卵期を控える鱒達は独特の色味をまとい始める。山女魚は真紅に、岩魚は茶褐色に。釣り人達は鼻の落ちた大山女魚、大天魚を秋鱒と呼び、スレにスレたターゲットに口を使わせるべく、あの手この手で、真剣勝負を繰り広げる。勝負と言っても賑やかなものではなく、気配を殺した静かな戦いだ。秋をそのまま身体に落とし込んだ様な鱒の見た目は、美しさと逞しさに溢れ、多くの釣り人を魅了して来た。この岩魚峡も例外ではなく岩魚荘は特に9月の宿泊客が多かった。が、今年は世界を変なウィルスが支配して、感染を気にしてか、ほとんど客が居ない為、伝説解明に集中できるチャンスでもあった。「早苗さん、父の書斎を整理していたら、こんなものが出てきたよ。」宿泊客 鱒レコード帳 父の性格から、争いになるのを気にして余り公表はしていなかった様だが、過去の宿泊客が釣り上げた鱒の大きさが記されたノートだった。「まぁ、それは気になります!どれどれ…岩魚の記録1位は1998年、9月 隠れ堤にて 59センチ!大きい!ルアーはラパラね。」98年は記録的な大豪雪の年だった。雪深い所に大岩魚なのか、雪と岩魚は切っても切り離せないイメージがあった。「2尺岩魚という言葉があるけど、59センチなら泣き2尺だね。それでも凄いサイズだね。だとしたら伝説はそれを余裕で越す70センチ??」本州の有名河川では72センチの岩魚が記録として残っている。ここ岩魚峡は源流域ではあるものの、底が暗く見えない淵が幾つもある。ベイトフィッシュとなるハヤや水生昆虫も数多く生息し餌にも事欠かない。59センチを越す個体が居てもおかしくなかった。「70センチの大岩魚…、ワクワクが止まりませんね!」      

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