白銀の渓に最高に美味な鱒を探しに。

 朝、自室の窓を開ける。まだ暗いが自宅の裏を流れる川の音がさらさらと聴こえ、胸の高鳴りを抑えずにはいられない。よし、今年も始まる。3月1日。渓流釣り師にとっては待ちに待った日ではないだろうか。いそいそとクローゼットを開け、支度を整え始めた。新調したウェーダーとウェーディングシューズ。長年愛用している、トラウトロッドとリールを用意し、舐め回す様にニヤニヤニヤニヤ、ひとしきり眺めた後、自室を後にした。まだ日が昇らない川までの一本道を、スタスタと歩く。雪と田んぼの泥が混じった匂い。春の訪れを感じさせるどこか懐かしい匂い。またこの季節が来たね!川に近づけば近づくほど、意識は川の水色や、水量に向いていた。僕はなんて恵まれた環境に、生まれたのだろう。自宅のすぐ裏に、40センチ越えの岩魚やヤマメが潜む川が流れている。それが当たり前として、育ったからなんとも思っていなかったが、地元を離れて、この自然が身近にある素晴らしさがひしひしと、身に染みて分かった。凄いんだよ!ってみんなに自慢するが、釣りに興味がある人が、同世代に余り居ない笑 返ってくるのは、へぇぇぇ、そーなんだぁぁ。覇気のない返事が決まって返ってくる。でもまぁわかんない奴はわかんないよね!わかる人で楽しもうよ!って言ってくれる、人が1人居る。僕の興味、感心がある事に熱心に耳を傾けてくれたのは、この人が初めてだった。僕はそれが嬉しかった。なんて事を思い出していると、日が昇ってきた。河原に残る雪がキラキラと輝きだす。川が待ってたよ!って言って出迎えてくれている気がして、顔がほころんだ。肝心の川の様子は、若干の雪代で濁りが入っているも、とても良い感じ。長年の経験から、といってもまだ十数年だが、釣れる釣れない、川から生命感を感じる時、全くパッとしない時が、なんとなく雰囲気や匂い、周りの自然の様子から分かるようになった。すぅぅぅぅぅぅっと大きく息を吸い、川に向かってお辞儀をする。学校の運動会は大っ嫌いで、ワクワクなんて微塵も感じなかったけど、これは別。今年も宜しくお願いしますっ!熱い気持ちを込めた後、河原の土手を降りて行った。瀬が落ち着き、淵になりその後、広いヒラキになっているポイント。解禁直後は深い所でじっとしているイメージも強いが、浅い場所で捕食をしているのか、なんなのか意外と浅い場所にも居る。早速お目当ての場所のほとりに立ち、川を見渡していると、ポッチャン!!良いサイズの岩魚がライズをしている!!これはたまらないよ!!と1人大興奮。今日はドラマが起きるね、なんて確信めいた直感がびびびっときた。試しに作ったハンドメイドミノーをスナップにつけると、対岸に向けてフルキャスト。ミノーを流れに自然に乗せて、下流までゆっくり流した後、大きく川を横切るように、U字に泳がせてくる。広いポイントで良く行う釣り方で、U字に泳がせている間に、ぐぐぐぐっとヒットする事が多い。ここだななんて言っていると、本当に来た。ラインがすぅぅぅっと流れの向こうに持っていかれて、すかさず合わせを入れる。よしっっっっ!思った通り、ヒラキに出ていた。掛かったのは良いサイズの岩魚。じじじっと時折、ドラグが出る。たまらない瞬間、解禁日、朝日をバックに開始数投で、大物がかかる。こんな贅沢があるのだろうか。これを知らない人間は大損だね。なんて思っていると、足元まで鱒さんが来ていた。背中についているランディングネットを外すと、すかさずサッ!とすくった。してやったり。39センチの岩魚が横たわった。よしっ!小さくガッツポーズを決めて、ニコニコニコニコ。もうね、ニヤニヤが止まらないんです。男の狩猟本能というか、太古より流れている体内の遺伝子が、騒ぎに騒ぐんですよ。楽しくて、嬉しくて仕方ない瞬間。一度、この興奮を覚えた生き物は、中々辞められない。きっとこれが釣り人の性ってやつなんだと思う。なんていうドラマがあった解禁日の話。なんか僕は釣りの腕が良いのかなんなのか、解禁日に釣ってしまう事が多い。しかも大物を。振り返ると、2016年、2017年、2018年、2019年、2020年、1年お休み、2022年、40センチ前後の岩魚を仕留めた事になる。きっと川が良いんだろうけど。余り食べる事は好きではなかったけど、昨年、解禁日に釣った41センチの岩魚を塩焼きにして頂いた。これがまた脂がのっていて、臭みがなくびっくりするほど美味い!!後に知り合いからも聞いたが、雪を割って歩いて釣った岩魚は最高なんだ!と言っていた。その通りである。淡白な白身、程よい脂は、スズキを彷彿とさせる味だった。白銀の渓に潜む最高に美味な鱒、岩魚。今年も出会える事を期待して、ルアーや作品作り、執筆をしていきたいと思う。     完