岩盤帯にいたとあるヌシとの出会い

 とある支流の支流…支流域というのは時に本流域でもお目にかかれないような大物と対峙する時がある。林道より見えるおよそ50メートルほどの短い岩盤帯の流れは、2メートル四方くらいの狭い空間に水深1.8メートルほどの淵を形成していた。河畔林が多い茂り、昼間でも薄暗く少し気味の悪い場所だった。何かが居そうな気配は濃厚で、大物が出るならそこしかない。そう確信めいた予感をひしひしと感じていた。

 支流をある程度釣り上がった僕は、その支流との合流点に立っていた。よし!行くぞ!覚悟を決めて、いざ目的の場所へ向かう。河畔林の緑のトンネルをくぐり抜けると、護岸ブロックの隙間からイタチの仲間であるテンが顔を覗かせていた。おそらくそこが住処になっているのであろう。チチッ!と鳴き声をあげて、何処かへ消えてしまった。ごめんね、驚かせちゃったね。ちょっとお邪魔するね。そう呟き、歩を進めた。その岩盤帯の流れは階段状に3つの淵を形成しており、一段目の淵に近づいていた。

 初めてのポイントを探る時はいつでもワクワクする。いる魚種は分かっているが、どんな模様の魚が釣れるんだろう?どれくらい大きな魚が生息しているのだろう??この気持ちばかりは釣りを始めた頃と何ら変わりない。いくつになっても心は少年時代に戻る。この釣りを趣味にして良かったとつくづく感じる瞬間だ。いつものお気に入りのミノーをワレットから取り出し、スナップに結ぶ。淵の流れ込みに向け、キャスト。ライナー状に飛んでいったミノーは流れ込みの白泡の中に吸い込まれるように入っていった。

 いつものようにラインスラックを取り、トゥイッチングで誘いをかける。結果はすぐに出た。25センチほどの岩魚がワラワラとミノーに群がり、その内の一尾が僕のネットに収まった。人が余り入らない場所なのか、魚達の反応もすこぶる良く、魚影も濃い。やっぱりか。予感が的中した喜びを感じながら、岩魚をリリースした。しかしながら、これだけの魚影の濃さなのだから、こいつらのヌシが居ても良さそうだ。もっと深い場所を探ってみるか!そう思った僕はミノーをワレットにしまうと、潜行性能、沈下速度ともにずば抜けて秀でているバイブレーションプラグに交換した。

 先程と同様に白泡に向けてキャスト。先程と違うのはルアーがすごい勢いで沈んでいく点だ。竿先からラインを通し、ルアーが沈んでいくのを感じ、その性能に感心していたその時だった。ドスン!!今まで感じた事のない重さが竿に伝わった。そうヌシが居たのだ。そしてヌシが僕のルアーにヒットしたのだ。やっぱりか!驚きと喜びが込み上げつつも、臨戦態勢に入る。おそらく淵の奥深く、岩盤のエグレがヌシの住処なのだろう。何度も何度も近寄っては逃げ、近寄っては逃げを繰り返し、そこに戻ろうとした。使い古したリールのドラグ音が悲鳴の様に聞こえた。3分ほどファイトを続けただろうか。僕の釣り歴史の中では1番ドラグを出したに違いない。ヌシがやっとランディングネットに横たわった。その大きさもそうだが、写真を撮ろうとしても暴れて、何度も逃走を図ろうとする生命力に驚いた。あれだけ逃げ惑っておいてまだこれだけの体力があるとは。やはりヌシになるだけの事はあり、スタミナが尋常ではないのだ。また会おうな!写真を何枚か撮り、丁寧にリリースした。そのヌシは王者の風格を漂わせながら、悠々と淵の住処へと戻っていった。

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